クラシック、マジでやばい話
クラシック、マジでやばい話

諸君、CDを買うなら海賊盤を買いましょう。これがこの本から得た私の結論です。

まあ冗談は置いておいて(何%かはマジ)、この本の第1章「盤鬼平林は怒る! −これはひどい、録音の惨状」を読むと気持ちが分かって貰えると思う。そうかい、そんな「編集」が行われていたのか!と。

私はライブの録音の方が好きなタイプである。特にオペラなどは歌手が歩き回る騒音が入っていないと物足りなくて仕方がない(笑)。オランダ人の幽霊船の合唱が聞こえて動揺した船乗りや娘達が逃げて行く時は走り去る騒然とした音が欲しいし、ローエングリンに敗れたテルラムントは思いっきり音をたてて剣を取り落として欲しいし、ヴォータンが杖でドシンと床を叩く場面ではその音が欲しい。

まあ別にそう言った音を求めてライブが好きな訳ではなくて、ライブ独特の緊張感・ノリの良さが好きなのである。その一方で演奏に失敗があるかもしれないが、この本でも書かれている様なチェリビダッケの台詞ではないが「ミスも音楽の一つである。」と私も思っている。たとえあの有名なフルトヴェングラーが振ってバイロイトで演奏したベートーヴェンの9番の最後が、フルトヴェングラーの驚異の加速に寄せ集めのバイロイトの楽団がついて行けなくなってバラバラに乱れようとも、それがそれで得も言われぬ迫力をもたらしている。私はこの録音の中で、この部分が一番好きなのだ(苦笑)。

それをだ、勝手に編集するとは何事か。カラヤンの様に本人がいじるのなら未だ少しは分からないでもないが(でも嫌だ)、既に故人となった人の録音を勝手にいじるのはやめてもらいたい。しかもその音が出所不明の音で置き換えられていたりしたら!

あまつさえ編集を経て音全体がぼけぼけになっていたとしたら、どうする!

いくつかあったCDでの演奏の漠然とした不満はこれだったのか? もう疑心暗鬼になって困る。聴き比べろと言われても、一介の会社員の私にそうやすやすと色々なものが聴ける筈もない。なら編集を経ていない可能性の高い海賊盤に頼りたくなるではないか。海賊盤はどこで売っている?(笑)

それにしても、今年になって発売されたNHK CDのムラヴィンスキー指揮ショスタコーヴィッチの5番(昭和48年5月26日のライブ)は、私がクラシックに転ぶきっかけになった演奏のひとつだけに、最後のティンパニーが2度叩いてしまった演奏が編集されずに出てきたのは良かった(笑)。ただこの演奏、当時貧弱なモノラルのラジカセで録音した当時はもっと先鋭な音がした気がしたが、CDになってすっかり丸くなってしまった気もするのは、この本のせいなのか、それとも昔の記憶が古すぎるせいなのか。

さて、この本は別にこの話だけで終始してる訳ではない。他の章はまた全然別の内容となっている。「この音楽本を読め!」はおかしかった。病院の待合室で読んでいたが、そのままではニヤニヤしながら診察室に入る羽目になりそうなのでやめた。

この本の最後の最後で許氏は、「世紀の大感動巨編クラシック音楽劇画」を練っているそうだが、その作画をする人間を求めていると書かれていた。ちょっとだけ気持ちが動いたが「大感動巨編」なんてとても表現出来ないし、そもそも「劇画」なんて私の画風では正反対である(笑)。でもテオ演出・作画のニーベルンクの指輪は描きたいね(死んじゃう)。

 許 光俊 編著「クラシック、マジでやばい話」
 青弓社 本体1600円
 ISBN4-7872-7131-8
平成12年師走9日


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